次の朝……といっても、日が昇ってすぐに目が覚めてしまい、私は外でも歩いてみよう
かという気になった。まだこの時間なら子ども達も起きてはいないだろう。服を着替えて
誰にも見つからないように静かに外に出る。
 石畳の路地が、朝の露にわずかに濡れていた。見覚えのある道を歩いていると、脇に逸
れる細い路地の、積み上げられた木箱の上に、小さなコインが置かれているのが目に留
まった。この裏路地で遊んでいた子どもの姿が、意外なほどにはっきりと脳裏によぎった。
かつては私もここから、行き交う人々を見つめては羨んでいた。
 そして、その木箱の上の、オモチャのコインを手に取る。その二枚のコインは、いかさ
ま用に作られたのか、片方が両方とも表で、もう片方が両方とも裏だった。両方を手の平
に収め、表か裏かを相手に決めさせてから、見えないように自分の望む方を宙に上げる。
 子どもの頃に、そうした遊びをしたことが、まざまざと思い出された。

 リセは昨夜、私になりたかったと言った。私も、リセのようになりたかった。今ではそ
れを、認められるほどには落ち着いてもいる。あんな風に全てを受け入れ、無垢なままに
生きていけるのは、さぞかし気分の良いことだろう。
 しかし、私は私だ。そして、リセもリセ以外の何者でもない。コインの裏表のようには
っきりと明暗を分けられた二人は、こうして引き合わされた。
 でも……。

 私は、手にしたコインの片方を宙に放り上げた。落ちてくるところを手の甲で受け止め、
もう片方の手でそれを押さえた。結果はわかりきっていたが、私はそれを確かめるように
その手をどかした。
 表。それを裏返してみても、それは表に変わりなかった。
 こんないかさまのようなことがあっても、それはそれで面白いんじゃないかと、そんな
ことを考えていた。

「あ、ファルさん。こんなところにいたんですか」

 振り返ると、頬を紅潮させたリセがそこにいた。

「リセ……おはよう。早いのね」
「ファルさんこそ」

 そして、子犬のように息を切らせながら、首を横に振った。彼女の髪は、真新しいリボ
ンによっていつものようにきちんと結ばれていた。

「ねえ、リセさん」
「はい?」
「昨日言ったこと、あの気持ちは、今も変わらない?」
「え?」
「私のために、なにかしてくれるって……忘れちゃった?」
「い、いえ! 変わりません!」

 すぐに否定して、リセは自分の胸にかかっているペンダントを誇らしげに私に見せた。

「なら、賭をしましょうか」
「え? え? ……か、かけですか?」

 私は、手の中のコインの片方をリセに見せ、続けた。

「こっちが表。今から上に投げてそれを受け止めるから、あなたが表か裏かを当てるの。
もしそれが当たってたら、私達は、一緒にやっていける」
「……ファルさん」
「これは賭よ。さ、表か裏かを選んで」
「でも……もし……」
「リセ」

 私は、小さくその名前を呼んだ。リセは、初めてそう呼ばれたことに気づき、また頬を
赤らめた。そして、意を決したかのように、はっきり言った。

「では、表を……」

 私は満足げに頷いて、そのコインを宙に放り上げた。それを手の甲で上手く受け止め、
リセへと視線を向けた。リセは、可笑しくなってしまうほどに真剣にそのコインの行方を
見守っていて、それには気づかなかったようだ。

「……賭は」

 そっと隠していた手をどけ、リセの顔の前へと腕を移動させた。

「あなたの勝ちね」
「あ……よ……良かった」

 ほっと胸をなで下ろしているリセに背を向け、私は孤児院へと戻る道を歩く。

「さ、戻りましょう」
「あ、ちょ……ちょっと待ってください」

 その後ろをついてくるリセの足音を確認し、私はもう一度コインを上に放り上げた。ち
ょうど、リセの目の前に落ちてくるように計算をして。

「え? あ……わ」

 コインが地面に落ちる音はしなかったから、リセはきちんとそれを取れたようだった。

「それは記念にあげる」

 私は、自分の手元にある裏側だけのコインを握りしめた。
 それは、私達によく似ていた。

 

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